第四十夜:絵と写真のアイデンティフィケーション

私は絵を描くのが苦手なので、絵が描ける人には無条件降伏なわけですが(苦笑)

そんな私ですけど、どうしてか絵描きの知り合いが多くて、個展やグループ展に行ったり、直接話しを聞いたりする機会があるんですよね。

で、思うのは、絵を描く人って最小限の表現で最大の情報を与えることに注力しているのではないかということ。

写真は被写体を二次元の画像として固定する

たとえば、これは「◯◯さんの顔」とアイデンティファイ(同一)するのには、写真が一番手っ取り早くて正確な気もしますが、必ずしもそうではないんですね。

入学試験の試験場で受験票の写真と本人を見くらべる作業はなかなか難しいそうです。しばらく眺めているうちに、メガネはかけていないけど鼻筋が間違いなく本人だとわかったり、眉の線が同じだからと安心したりするけど、100人に1人か2人は、どうも同定する自信の持てない場合があるんだそう。

写真は、ある瞬間における、ある環境と気分の元にある、被写体を、ある照明条件(室内とか屋内とか、薄暗がりとか)で、二次元の画像として固定(写す)します。

なので、その写真は細部にわたって無数の情報を提供します。環境とか気分とか照明条件とかの情報量が多すぎるので、かえってそのなかから「見きわめの決め手」を見つけ出すのに苦しむことがあるんですね。

アイデンティフィケーション

あの、似顔絵を描く人でいますよね。余計な情報を描かずに、決め手になる線だけを誇張し強調したような絵。針すなおさんとか(古い?)

71704e1c2e4888e224da84aa7be87a40出典:http://middle-edge.jp/articles/I0001353

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そうすることで、写真よりもかえってアイデンティフィケーションを簡単にするんですね。

絵のうまい人なんかは、そういう決め手になる線を、一度に見抜いたりするんだろうなと思います。親や子供、仲の良い友人の顔なら、柱のかげから一部分がちらっと出ているだけでも見分けられますよね。多分、そういうことを瞬時にできてしまうんだろうと思うんですよ。

どこまで足すのか、何を引くのか

合っているのか、間違っているのかはわかりませんが、それを思いついてからは被写体は人ではないですけど、一時期、「引き算」で写真を撮ることにハマりました。

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どうすれば最小限の被写体だけで自分が撮りたいもの、見せたいものを表現できるのか。どこまで足すのか、何を引くのか。

写真というベタなディテールに、そのときの動きや瞬間をのせることはできるのか。

もちろん、どんなに有名な画家でも時間軸のないキャンバスの上に動きそのものを描くことはできませんが、動きの結果のボケやふくらみは描くことができますよね。

その瞬間瞬間の形を与えるという写真ではできないことができてしまう。

やっぱり写真は絵に敵わないのかなあと思ったりします。